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川越の餅つき踊りに行ってきた!餅つき踊りの歴史とお餅が縁起物の由来についても

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アイキャッチ_川越 餅つき踊り 神社・仏閣

埼玉県川越市の南大塚地区にて2024年1月7日(日)に実施された、「南大塚の餅つき踊り」を見学してきました。

餅つき踊りは、この地におよそ370年前から伝わる歴史深いお祭りで、はじめはこの地を訪れたお殿様に餅を振る舞った際に踊りのような芸事をつけたことがきっかけで始まりました。
その後、七五三の祝いに餅つき踊りとして披露されるようになり、新成人の祝いの時に披露されるようになりと、変遷をたどり、昨今は新春の祝いの行事として、地域のお祭りとなっています。

餅つき踊りは、1つの臼を何人ものつき手が踊りながらつく、とても珍しい餅つきです。
大変勢いあるお祭りで、観客も一緒になり盛り上がっていました。(その様子は以下にて)

お餅は人々の生命力を高めるパワーがたっぷり詰まった縁起ある食べ物のようですね。
だから、お正月などのハレの日に、このように餅つきを行って、皆でこの恵みの喜びを共有しあうのでしょう。

川越市の「南大塚の餅つき踊り」に行ってきた!

パワースポットというわけではありませんが…、縁起のあるお祭りとして取り上げさせてもらいます。
埼玉県川越市の南大塚地区にて2024年1月7日(日)に実施された、「南大塚の餅つき踊り」を見学してきた様子をご紹介します!

埼玉県指定無形文化財で、第41回「シラコバト賞」も受賞された、大変地域に親しまれ歴史深いお祭りです。

「南大塚の餅つき踊り」の歴史

餅つき踊りとは、1つの臼を数人で取り囲んで、その臼の餅を杵を持って踊りながらつくという芸事です。

およそ370年前、この地を訪れたお殿様に餅を振る舞った際に披露されたのがきっかけで、その餅がたいそう美味しかったことから、この伝統が根付きました。
その後大正時代までは、長男長女の帯解き祝い(現在の七五三)に行われていました。
その家庭では、「餅つき連中」に餅つき踊りを披露するよう頼みます。
頼まれた「餅つき連中」は、依頼された家に出向き、その家の庭で餅をつきながら踊って、その最後に「引き摺り餅」といって臼を引きずりながら餅をつき、神社へ向かいます。
その神社は川越市に今もある菅原神社と言われており、引き摺り餅で着いたらそこでみなで参詣したという流れだそうです。
戦時中は一時中断していましたが、戦後は南大塚地区のお祭りとして実施されるようになりました。
昭和23年(1948年)に成人の日が制定されてからは、新成人を祝う目的で川越市にある西福寺境内で実施されるようになり、昨今も同じ西福寺境内で実施されていますが、成人祝いとは切り離され、「新春もちつき大会」として2024年も1月7日に実施されました。

川越市の「南大塚の餅つき踊り」の実際の様子(2024年)

新春もちつき大会看板

餅つき踊りでは、ナラシ、ネリ、ツブシ、6テコ、3テコ、アゲヅキという6つの工程を一連の流れとして実施されます。

臼の中に餅入れる_モザイク

はじめの行いとしてまず、臼のなかに、蒸しあがったもち米が入ると、大きな杵を手に持った6人が餅をならし(ナラシ)、つづいて6人が「押っせ押っせ」という掛け声とともに餅を杵をつかってねり(ネリ)、さらにその6人が唄に合わせるように一斉に杵を振る(ツブシ)が行われます。

餅つき踊りの様子

次の、6テコ、3テコはつく人の数を示すもので、6テコは3人1組になり、その組が交互につくもので、3テコは3人によって行われる曲つきというものです。最後に3人が並列してつく(アゲヅキ)を行って餅つき踊りが全て終わります。

とくに、6テコが見事でした✨
終始、歌い手の唄に合わせて餅がつかれているのですが、餅つきの「ぺったんぺったん」のリズムは途切れることなく、するりっと3人1組がもう1つの3人1組と入れ替わるのです。
そして、だんだん勢いが出て、つき手も観客もノリに乗ってくると、つき手たちはもちをつきながらくるりと回ったり、ぺったんぺったんの合間に杵で臼をカンッと鳴らしてリズムをとったり、まさに餅つき”踊り”でした♪
もう1つの3人1組が餅をついている間、手が空いているつき手たちは、唄に合わせて観客をまわって盛り上げ、前列にいる子どもたちに杵を触らしてあげたりと、本当に観客も一緒になって楽しめる餅つき踊りでした!

全部で4臼つかれたのですが、2臼目と3臼目のお餅は、観客に振る舞われ、私も頂くことができました!
きなこもちきな粉がまぶされた一口サイズのお餅がいただけましたが、思えばつきたてのお餅って食べたことないかもしれません。
とても柔らかくて美味しかったです!
(人がたくさんいて、子どもを連れてだったので、わちゃわちゃしてお餅の写真は撮れませんでした💦)

そして最後の4臼目は、「南大塚の餅つき踊り」の歴史の欄でも記載しました、「引き摺り餅」を再現して、西福寺に隣接する菅原神社まで臼を引きづりながら餅つきが行われていました。
事前に申し込みをした小学生を中心に、臼がひかれていましたが、その場に集まってきた子どもたち中心に観客も参加させてもらっていました。

引きずり餅

そして、最後に引かれてきた紅白の縄に囲まれて、アゲヅキが行われ、南大塚の餅つき踊りが締めくくられました。

餅つき3人_モザイク

開会から閉会まではおよそ2時間半ありましたが、菅原神社公園で中途子どもを遊ばせながら、最後まで観覧することができました。
主に南大塚の餅つき踊り保存会と南大塚自治会の方々で運営されているようでしたが、このような伝統あるお祭りは、若者がどんどん引き継いで大切にしていかないといけませんね✨

そもそも餅つきが縁起物の由来は?

お正月になると餅つきをしてお餅を食べますが、そもそもなぜ餅つきをするのでしょう。
ということで、餅つきがなぜ縁起があるのか少し調べてみました。

お餅は人々の生命力を高めるパワーがたっぷり詰まった食べ物のようです。

日本には古くから稲作信仰があります。
稲は精霊が宿った神聖なものだと考え、あがめられてきました。
その神聖な稲から採れる米は人々の生命力を強める大事な食べ物であり、とくに米をついて固める餅つきは、その神聖なパワーをより強くいただけものとされました。

そこで、祝い事や特別な日であるハレの日に、餅つきをするようになりました。
やはり、餅つきは縁起のあるものだったんですね。

そして、お正月には「かがみもち」、桃の節句には「ひしもち」、端午の節句には「かしわもち」というように、行事食としても定着したそうです。

また、餅つきは一人ではできないため、地域の皆とハレの日の喜びを分かち合うという社会的意義もあり、餅つきが縁起物として、日本人に定着したのですね。

まとめ

埼玉県川越市の南大塚地区にて2024年1月7日(日)に実施された、「南大塚の餅つき踊り」について、実際に訪れて体験したことを紹介させていただきました。

餅つき踊りは、観客も掛け声をしたりと、とても勢いのある餅つきでした。

ついたお餅は観客に振る舞われたり、子どもが参加できるパートもあって、大変楽しい時間を過ごすことができました。

縁起物の餅を、餅つきを通して地域の皆とハレの日の喜びを分かち合うという、素晴らしい文化は、今後も守り続けていきたいですね。

川越市で一番最初に開花する梅

ちなみに、この「南大塚の餅つき踊り」の最後の工程、「引き摺り餅」が行われた菅原神社は、梅がとても綺麗に咲くことで、地元で有名な神社だそうです。

そして、川越市で一番はじめに開花する梅の木もあるそうで、もうこの時、数輪咲いていましたので、地元の方同士で、今年の梅の開花宣言がされていました!

↓↓こちらの記事では、同じ川越市にある、なんとも面白い古墳の上にある神社について紹介しているので、あわせて読んでいただけると嬉しいです!

 

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